SNS の広告とアカウントに関するよくある誤解

FaceBook 案件

先日、FaceBook(FB) 運営より一通の報告を受け取った。

こんなもの↓。

もう3年も前のことなので、 まるっきり覚えていなかったのだが、朧げになっている記憶の断片をつなぎ合わせていくと次第に思い出していった。

確かこんな(↓)感じだったと思う。

当時 FB のとあるグループ(確か地域情報の共有みたいなやつ)に興味を持って所属していたのだが、そのグループの運営方針が偏っていた。
赤で潰した会社に関連する企業行動がかなり強調され、具体的にはその企業が「推し」ているイベント・タレントなどに関する投稿が不自然なまでに多い。

不審に思って調べてみると、管理人がそこの会社の役員だったかなんだったかというオチ。

それで、グループの運営方針や表示されている広告などがおかしいんじゃないですか?みたいな報告をしたんだと思う。

これダメなのは、あたかも特定の企業とは無縁の趣味の延長みたいなグループとされていたのに、実態はその企業の広報の一環として使われていたというところ。

最近の SNS 広告は便利で、広告自体を特定の条件で表示させることができる。
広告の表現自体はさほど問題なくても、上記のような特定のグループにだけ表示させることは可能だし、そのような行為はけっこう倫理的に問題になるだろう。

参加者に誤認させてしまうからだ。

今回はこれが FB 側の広告ポリシーに違反していたと判断されたわけだ。

SNS は無料で便利なんだが、運営会社はもちろん慈善事業でやっているわけではなく、収益のある程度の部分は広告料収入が占めている。

それゆえ SNS 広告には適切なガイドラインが求められているのだが、今回のように「あたかも個人活動を装いながら、特定の企業の広報に使われている」というのは大抵の場合、禁止されている。

しかし、異議申し立てをしてから、結果が出るまでほぼ3年というのはあまりに遅い気がしないでもない。

Twitter アカウント絡み

ここまでいったので、ついでで言ってしまうと、Twitter のアカウントに関してよく間違われていることがある。

今ではもうこの制限はなくなったのかもしれないが、一昔前まで建前上は「複数アカウント所持は禁止」だったはずだ。

建前上は、と書いたのは、その当時でも広告出稿者に関してはこの制限はなかったから。

というより、広告出稿者に関しては複数アカウントの所持は推奨されていた。

これは冷静に考えると当たり前の話で、例えば私の個人アカ 猪股弘明@H_Inomata

当直明けで頭回ってねっす?

のようなかなりどうでもいいツィをした直後に

Mac 向け DICOM アプリの決定版。
コスパ最強、HorliX!

のようなグリグリの広告ツィをして配信したらまずいでしょう(笑)。
実際にしたことはないけどさ。

上の FB の件のように、あたかも個人の意見のようでありながら、実際は特定プロダクツの広報に該当してしまうから。

さらに悪いことに私は現役の医師ってこともある。

広告を目にした人が「現役医師が開発に関与しているんだ」という変な期待の上乗せされてはたまったものではない。

ちなみに air-h-128k-il@air_h_128k_ili は広告アカとして設定していたこともある。

実際には、あまり広報効果がなく現在ではそのようには使ってないんだが、これをどのように考えたらそういう結論になるのかわからんのだが「なりすまし」と捉えた輩もいたようだ。

一時期、かなり粘着だったので弁護士の先生にも相談したんだが、「この程度のこともわからないで、一方的に悪意のある言い方をするのは、知的に問題あるか社会的なモラルに問題ありそう。かえって向こうの評判下げているだけのようなので放置されたら?」とアドバイスいただいた。
さらに「ネット上で閲覧できる他の資料も探して目を通したが、トンデモな内容。正直言ってこの人、精神的な障害をお持ちでしょうか?」と逆に聞き返されてしまった。

実際、ある種の精神障害者がネット上での自己表現に拘るのは傾向としてはあるんだが、実態はどうだったんでしょうね?

少々、話が脱線したが、ある程度、SNS を使い込む場合には、知っておいた方がいい事柄だ。

 

猪股弘明
精神科(精神保健指定医)

 

ネット上の「ヤバい人」再録

出身研究室の合同OB会があったときに出たネタを某院生がブログに書いていたくれたのだが、諸々の事情で非公開になっていた。
けっこう面白いと思ったので、関係者の許可を取ってこちらに転載。


GW 期間中の某日、恒例の OB・OG を交えての懇親会があったのだが、そのとき話題に昇った「ヤバい人」が本当にやばかった話をまとめる。

以前にもどこかで、医師にはマナーの悪い人もいるみたいなことを書いたが、それはお金に汚い、とか理工系関係者に対する態度が尊大だ、程度のことだ。この人は筋金入りだった。某先生いわく「治療が必要なレベル。発達障害と人格障害を足して2で割って、さらにサイコパス要素も加えたようなレベル」だそうだ。粘着な感じも相当で、だから、ここではこちらが特定されないように「ヤバい人」という呼称を使わせてもらう。

技術的におかしなことを挙げていくときりがないし、今回伝えたいことはそういうことではないので、こういう特徴を持った人がいたらまともにかかわっちゃだめだよ!的な感じでまとめたい (^^;)

・態度が身分不相応に尊大。現実的には、社会的評価や業績に圧倒的ともいえる差があるにもかかわらず、特定の意にそぐわない行動を取る人を攻撃対象としかみていない。

・反論が幼稚にもかかわらず、なぜか自信満々。それっぽい反論を「後で」出したりするのだが、いかんせん、ポイントがつかめていないせいか、その反論も反論になっていない。

・理屈では勝てないとわかるとネット上で誹謗中傷かきまくり

やばすぎる。他にも特徴はあると思うが、特にネット上では、即座に力量がわかるわけではないから、こういった傾向を持った人には注意しなければならないと思った。


面白いと思ったのは、ネット上にこういった人は確かに多いこと。
精神科的観点からあれこれコメントしてみたい。

ところで、このブログでも度々より上げてきたドルフィンプロジェクトだが歴史的評価の段階に入った感がある。
あのプロジェクト内部にも上で述べたような感じのちょっと困った感じの人がいたんではないか?みたいな記事が、最近(2024年2月)チラホラ目につくようになった。

Monster Pseudo-Developer in Dolphin』あたりをご参考に。

(追記)歴史的評価といきたいところであったが、AI まとめが出鱈目記事書いているので、それ対策に追われた。
結果的に dolphin とライセンスと著作権関係がかなり整理されたと思う。

OpenOcean/Dolphin と職務著作と GPL
IT プロジェクトで避けて通れないのが職務著作というやつで、dolphin プロジェクトの歴史的発展に絡めてかなり平易に説明されてます。

OpenOcean 怪文書 -GPL 誤用による違法行為教唆-
職務著作などの概念がわかった上で、この記事↑読むと状況が頭に入ると思います。GPL 違反は海外の法的係争に至った案件で紹介されることもありますが、ああいうのは立派すぎて実感を伴わないものが多い。
実際に起こった事件を扱ったものではナンバーワンでしょう。


最近、やばい人、認定されたのは、この記事で取り上げられた人でしょう。
この人の場合は、日常生活では異常ではないと思う。
だが・・

たとえ通常時は常識的で善良な市民であっても、ひとたび「開発者」という名誉を独占するチャンスが見えた時、人は簡単に悪を働く、というのはオープンソース界隈で散々見てきた光景だ。2.7m 系のドキュメントを参考にしても、コードは 2.7 ベースにしておく、みたいなことはこれまでにも何度かあったのだ。  引用元

という事情はありそうですね。
OSS はよからぬ人を惹きつける魔力みたいなものはある。あるいは人間の中に潜むよからぬ部分を肥大化させると言ったらいいのか。

私がこの人に感じた違和感をメモしておく。

・PR が「無効になった」と主張するが、無効になってない。

・皆川和史の名前を削ぎ落とそうという意図が感じられるが、2003-2012 は Digital Globe が著作権を保有していたわけだから、そこは尊重しないと過剰編集になる。

・ビルドテストもできていない段階で権利を主張する。

・対話性がない。

・レビューされるのを恐れる。

などなど。

特に「レビューを恐れる」に関しては、流石にコメントしておく必要があるだろうか。
dolphin のコードは素を正せば e-dolphin 時代のものです。著作権所有者は変わってきましたが、あくまで「オープンソースとして開発」されたものです。
当然、オープンソースとしてのライセンスは引き継がれます。利用者には公開義務があるし、誰かがそれが適正に行われているかチェックする必要があるでしょう。その一環としてのレビューが嫌いだ、好まないというのであれば、利用をやめるべきでしょう。
公共財を使うということはそういうことです。

 

ANN2b

日本総合病院精神医学会

岡山で日本総合病院精神医学会が開催されていた。
https://www.med-gakkai.org/jsghp2019/

行き損ねたw

大抵の精神科医は、日本精神神経学会には、(一度は)所属していると思う。一度、というのは、所定の資格を取ったり、医局を離れたり、開業したりすると、「かったりーよ」とばかりにやめてしまう人もいるからw

由緒ある正統派の学会ではあると思うのだが、それゆえ、ちょっと思い切ったことができにくい学会になった感もある。

かといって、あまりに小さな学会だと、勉強会的な雰囲気が出てしまって、ワクワク感がない。

これくらいの規模の学会の方が、身の丈にあっていて、現実的には、役に立つのかもしれないなーと思った次第。

 

ANN2b

 

ロナセンテープ上市 -時代は貼付剤?-

以前から錠剤が販売されていた非定型向精神薬ロナセンに、貼り薬、いわゆる「貼付剤」(「てんぷざい」・「ちょうふざい」読みはどちらでもいいようです)が発売された。

概要

ロナセン(ブロナンセリン)は、ドパミンD2受容体サブファミリー及びセロトニン5-HT2A受容体をブロックすることで作用を発揮する。錠剤では割合、容量依存的に素直に効いてくる印象があり(ここら辺はエビリファイとは対照的)、「非定型のセレネース(ハロペリドール)」といった趣があり、私は重宝していた。今回、世界で初めての統合失調症適応の貼付剤として上市されるということで、けっこう期待している。

皮膚接触面積を意識して使う

実際のロナセンテープは ↓ のような形状をしている。

 

一見してわかる通り、吸収量は表面積に依存してそう。しかし、40mg はでかいですな。

ロナセンテープは、湿布のような局所作用型ではなく、薬効成分は皮膚から吸収された後、血流にのって全身に分配される。ただし、貼付剤のため、

・小腸ー肝での初回通過効果を受けない(生物学的利用能が高い)

・嚥下困難な患者に投与できる

といったメリットがある。デメリットとしては、光過敏性があるらしい。

実際、製造・販売元の大日本住友製薬からの以下の 2 点使用上の注意が喚起されている。

①光過敏性があるので、貼っている場所とはがした場所(はかした後1,2週間)に光をあてないこと。

②1日貼っても 5%しか吸収されず、薬剤成分の 95%はテープに残っている(例えばロナセンテープ40mg は 2mg しか吸収されず38mgはテープに残る)ので使用後は折りたたんで廃棄をするように伝達すること。

臨床医としては、認知症の興奮状態に使ったり、効果をコントロールするため切って使ったりしたいと思うのではないだろうか。この点も含めて、一応、大日本住友製薬に問い合わせたところ、以下のような回答が返ってきた。

質問1:ずいぶんテープが大きい(40mg テープは90 [mm]X 85.6 [mm])が違和感はないのか?

回答:違和感はあると思う。

質問2:適応外で認知症に使用することは可能か?

回答:適応は統合失調症のみであり、ほかの疾患に使用することはできない。

質問3:切って使うことは可能か?

回答:そのような治験を実施していない。切って使用することはできない。(とは言ってましたが、下記のようにこちらの意図を説明すると「そこらへんは医師の裁量権でゴニョゴニョ」と言ってました)

質問4:ロナセン錠の添付文書の併用注意の項にはグレープフルーツジュースがあるが、ロナセンテープにはない。なぜか?

回答:ロナセン錠は小腸と肝臓において薬物代謝酵素CYP3A4で代謝される。ロナセンテープは肝臓のみでCYP3A4に代謝される。グレープフルーツジュースは小腸のCYP3A4を阻害する。ロナセンテープは小腸を通過しないため、グレープフルーツジュースによる小腸におけるCYP3A4阻害の影響は受けない。

CYP3A4で代謝されるため、CYP3A4阻害作用(クラリスロマイシン等)や誘導作用(フェニトイン等)を持つ薬物の併用にも注意は必要かな。

 

【補足説明】なぜ、医療関係者が質問2や質問3のような発想をするかといえば、意図的に薬効を抑えたい・血中薬剤濃度を低く保ちたい、という場合があるから。具体的にいえば、高齢者や妊婦に対して使う場合です。高齢者は、薬剤の代謝が若い頃に比べればどうしても落ちてくるので、強い薬を投与するとしばしば「効きすぎ」てしまいます。妊婦さんであれば(特に器官形成期の)薬剤による催奇形性が問題になってきます。このような場合、薬剤が効果を発揮する下限ぎりぎりを攻めなければならないわけです

ロナセンテープは貼付剤ですから、薬剤の血中への移行の主なメカニズムとして濃度勾配による単純拡散のようなものを仮定すれば、それは「貼付剤と皮膚間の接触面積」や「テープ内の薬効成分濃度」に依存すると思われます。だから、あえて切って使ったり(=接触面積を少なくする)、貼り替えの頻度を落として使えばどうなる?(=濃度勾配を小さくする)と考えるわけです。

貼付部位

大抵の場合、腹部でいいと思う。ただし、患者さんが剥すおそれのある場合は、背中の方がいいでしょう。

 

猪股弘明 フェイザー合同会社

医師(精神科) 理学士(物理)

MD, PhD and PD 前編

医学部学士入学者が頭を悩ます問題に、医師免許取得後の博士課程進学の問題がある。そもそも問題解決能力、もっとあけすけに言えば、論文作製能力を買われて入学してきた節もあるため、この勧誘を交わすのが大変。
もっとも、研究したくて学士入学枠使ったという入学者もいるので、そういう人は、迷わず博士課程いっちゃってください。

私なんぞは、マスター取って会社で一仕事した後、進路を変えるのに具体的には

A. 理工系の博士課程(3年)進学

B. 医学部学士枠(4年)入学

の選択肢があったと思うが、ノータイムで B を選んだタイプだ。要するに博士号、Ph.D などというものに積極的な価値を見出せなかったタイプなのだ。
同期などで論博取ろうと頑張っている連中もいたが、なんかアプローチが違うなーと思っていた。研究のための研究よりは、会社から与えられた仕事を自分なりに取り組んで、普遍的な何かにたどり着ければいいかなーくらいに思っていた。

話が脱線したが、A よりは B 、という勢いで進路選択したので、もちろん医学博士課程なんて興味が持てなかった。
なんとか逃げ切ったように思うが、今のところ不都合はおこっていない。

話は変わるが、医学部の博士課程は、(基礎系は特に)医師以外にも門戸を開いていることが多く、薬学や獣医学出身者も多い。いわゆる学歴ロンダリング的な感じで使われているような気がしないでもない。
それはおくとして、会社で人事関係の仕事をしていた時、そういった院生で就職希望者のうちかなりの頻度である特有の傾向がある人が多いのに気がついていた。全員が全員ではなく、もちろん優秀な方がいることも知っている。

権威好きだとか、ちょっと柔軟性なさすぎではないかとか、人間関係の作り方に癖があるかなとか当時は漠然と思っていたのだが、その後、医師になって精神科での経験を積んでようやくその時の感覚を言語化することができるようになった。
あれは、PD(Personality Disorder 人格障害)の人が発する雰囲気だったのだ、と。
確かに、そういうタイプは入社後もほぼ決まって人間関係のトラブルをおこしていた。

男子院生は、想像がつくように発達障害的な傾向を持つ人が多く、わかりやすかった。

発達障害 X 理系の具体的エピソードは『彼自身による秋葉太郎』などをご参照ください

難しいのは、女性。
アイドルとまではいかなくても、可愛らしい感じの院生は中にはいて、知的な好奇心もある。
いうことないではないかと思われそうだが、肝心の研究内容などを聞くと、どうも的を得ない。なんでそのテーマが成立していて、何を狙いにしているのかポイントを外しているような気がする。
自分で自分がやっていることがわかってないというか…。
私は、技術的内容をチェックするような役割で面接を担当したことがあるが、容姿などはともかく、これじゃあ研究開発部門におくのは?と疑問に思ったりもしたが、上司は「いいから、いいから」みたいな感じでそういった人でも採用OKにしていた。

なぜだ?

(続く)